「AIを使えば、これくらいすぐできるよね?」
Web制作の現場で、この一年ほどでよく聞くようになった言葉です。そして実際、できてしまいます。以前なら丸一日かかっていたコーディングが数時間で終わり、構成案の叩き台は打ち合わせの最中に出てくる。AIによって、私たちの生産性は間違いなく上がりました。
それなのに、不思議なことが起きています。現場は、AIが来る前より忙しくなっているのです。
「速くなったよね。じゃあ、これも今日中にお願いできる?」——浮いたはずの時間は、いつの間にか次の作業で埋まっている。残業は減らない。むしろ、こなすべき案件の数だけが増えていく。人を楽にするはずの技術が、結果として人を追い込んでいる。これは気のせいではなく、実際に起こっていることです。
今回は、なぜこんなことが起きるのかを、私なりに整理してみたいと思います。
空いた時間は、次の仕事で埋められる
まず思うのは、効率化して浮いた時間は、そのまま自分のものにはならないということです。
作業が速くなると、これまで予算や時間の都合で見送られていたことが動き出します。「ついでにLPも作れるよね」「ブログも月8本に増やそう」「多言語版もお願いできる?」。一人あたりの処理能力が2倍になったとき、仕事が半分になるのではなく、案件のほうが2倍になる。
勤務時間中なのだから、空いた時間に仕事を入れるのは当たり前だ——そう言われれば、確かにそのとおりだとも思います。私が危ういと感じているのは、量が増えること自体よりも、AIの利用だけが先行して、それ以外が何も追いついていないことのほうです。
できることが増えた分、会社の守備範囲も広がる
AIで変わったのは、仕事のスピードだけではありません。そもそも受けられる仕事の種類が変わりました。
これまでWebサイトの制作だけをやってきた会社が、Webアプリケーションやシステム開発の案件まで手を伸ばせるようになる。AIに聞けば、書いたことのない言語のコードもそれらしい形で出てくるからです。会社から見れば、できることが増え、売上の可能性も広がる。それ自体は悪いことではないと思います。
問題は、広がったのは受注の範囲だけで、社内の中身は何も変わっていないことです。
新しい領域に踏み出すなら、本来はそのための教育があり、レビューできる人がいて、開発の環境やテストの仕組みが整っている必要があります。ところが実際には、そこは前のままで、案件だけが先に入ってくる。結果として、未経験の領域を、担当者が独学とAIへの相談だけで埋めることになります。
これは、単に作業量が増えるのとは種類の違うしんどさです。分からないことを、聞ける相手がいないまま、期限つきで進めなければならない。AIが出したコードが正しいのかを判断できる人が社内にいなければ、その責任も実質的に担当者ひとりが背負うことになります。動いてはいるけれど、これで本当に大丈夫なのか誰も確かめられない——そういう状態のまま納品まで走ることになる。
AIによってできることが増えたのなら、本来は教育や環境の整備も同じ速さで進める必要があるはずです。それをしないまま、できるようになった部分だけを売上に変えていくと、その差はぜんぶ、現場の人間の労力で埋められることになります。
これは、AIが初めて起こした現象ではないとも思います。パソコンが入ったときも、スマホで連絡が取れるようになったときも、「これで楽になる」と言われて、結果的に扱う仕事の量は増えていきました。ただ、AIはそのスピードが桁違いに速い。だからこそ、追いついていない部分の歪みも、これまでより大きく出ているのだと感じています。
クライアントワークは、この影響を受けやすい
同じAI導入でも、影響の出方は業界によって違います。そのなかでもWeb制作やコンサルティングのようなクライアントワークの仕事は、この影響をとくに受けやすいと感じています。理由は3つあります。
① 速くなった分が、すぐ単価と納期に変わる
クライアントワークの価格は、その時々の相場で決まります。競合他社もAIを使う以上、「AIで速くなった分」は自社の余裕にはならず、見積もりの値下げと、納期の短縮に吸い込まれていきます。
「3日でできるでしょ、AIがあるんだから」が当たり前になった瞬間、3日で出すことは価値ではなく前提になる。速くなった果実が、こちらの手元に残る前に、価格交渉のテーブルに置かれてしまう。これがこの仕事の構造だと思います。
② 8時間という枠だけで、仕事が振られている
ここがいちばん実感の強いところです。
会社が管理しているのは、基本的に「労働時間」です。おそらく経営側の考え方も、同じ枠組みで動いています。「同じ8時間勤務なのだから、その時間のなかで仕事を振るのは問題ない」——これは悪意ではなく、それが管理の物差しだからです。
問題は、その物差しでは仕事の中身の量が測れていないことです。案件ごとに実際どれだけ手間がかかるのかを把握できていないと、「この案件を足したら8時間を超える」という発想そのものが持てません。そこにAIが入ると、現場ではこうなります。
本来8時間かかっていた作業が、AIのおかげで5時間で終わるようになる。すると空いたように見えた枠に、「AI使えばこれも今日いけるよね」と、もう5時間ぶんの作業が振られる。5時間と5時間で、10時間。効率化したはずなのに、残業が生まれる。
しかも数字の上では「生産性が上がった」ようにしか見えないので、誰もこれを異常だと思いません。そして、これは一度きりの出来事ではなく、翌日も、その翌日も繰り返されます。
この状態が続くと、削られるのは時間だけではありません。常に定員オーバーで走っている現場からは、まず精神的な余裕がなくなります。次になくなるのが心理的な安全性です。
「これを受けたら溢れます」と言いたくても、「AIを使えばできるはず」という前提の前では、その一言が自分の能力不足を認める言葉に聞こえてしまう。だから黙って残業で吸収する。吸収できてしまうから、また同じ振り方が続く。負荷が増えていることが数字に表れないまま、消耗だけが静かに進んでいきます。
③ 依頼が抽象的になり、相手の状況が見えなくなる
もう一つ感じているのが、依頼の中身が、以前より抽象的になってきたことです。
「今日これお願い」と渡される内容を、実際に手を動かす側が深掘りしていくと、到底その日のうちには終わらない量だった、ということがあります。そして厄介なのは、それを伝えても伝わりにくいことです。「AIですぐ終わるでしょう」という前提があると、こちらが説明する所要時間のほうが、大げさな話として受け取られてしまう。
そもそも「AIがあるから当日期限で頼んでも構わない」という発想自体に、現場との開きがあると思っています。この依頼をしたら、相手は残業になるかもしれない。相手には他にも抱えているタスクがあるかもしれない。AIを使えば早く終わるという前提が先に立つことで、そういう相手の状況への想像が薄れてしまう。
だから私は、処理できる能力が上がったときこそ、一度立ち止まって、もともとの運用ルールを確認し直す必要があると思っています。
たとえば、本来2〜3営業日もらって回していた作業なら、クライアントに言われたからといって、その運用を崩してはいけない。もともとそれで回っていたのなら、そのまま守るべきです。一度崩してしまうと、それが新しい当たり前になり、いざ本当に緊急の対応が必要になったときに、逃げ場がなくなって破綻します。バッファは、平常時に使い切ってしまってはいけないものだと思います。
そして、もし会社やクライアントが、当日依頼の当日納品みたいな無茶振りを前提にしないと成り立たないのだとしたら、それはもう、そのサービス自体が先細っていくのだと思います。
経営者を責めるだけでは、たぶん解決しない
ここまで書くと「浮いた時間を独り占めする経営者が悪い」という話に見えるかもしれません。実際、AIが生んだ余裕を売上だけに注ぎ込んで、従業員を消費している会社はあると思います。それは批判されていいと思います。
ただ、経営側も同じ流れの中にいるのも確かです。自社だけが「AIで浮いた時間は従業員の休息に回す」と決めても、競合が値下げと短納期に回せば、案件ごと失う。誰か一人が良心的になるだけでは抜け出せない構造になっている。だから本来は、残業のルールがそうやって作られてきたように、会社の外側で決めていくべき話なのだと思います。
現場の頑張りや、経営者の心がけだけでは、たぶん解決しません。
それでも、個人にできることはあると思う
構造の問題だと分かったうえで、では一人の働き手として何ができるか。私は2つあると思っています。
1つ目は、「AIで速くなった分」を、黙って差し出さないことです。 見積もりでも、社内の評価の場でも、速くなった分をなかったことにしない。2倍の量をこなしているなら、それを話題に出す。青臭く聞こえるかもしれませんが、浮いた時間の使い道は、口に出した人のところにしか返ってきません。何も言わなければ、こちらの取り分はゼロのままです。
2つ目は、AIの力を、会社ではなく自分に向ける時間を持つことです。 AIで個人の生産性が上がったということは、裏を返せば、一人でできることの範囲がこれまでになく広がったということでもあります。会社の中でその力を出せば案件の量に吸収されてしまいますが、自分の名前で使えば、それは自分の資産として残ります。副業でも、個人開発でも、発信でも。
私自身、育児中のWeb制作副業にコーディングをおすすめする記事を書いたのも、根っこは同じところにあります。AIが作った余裕を会社に全部吸われる前に、その一部を自分の側に確保しておく。それは逃げではなく、自分の時間を守る方法の一つだと思っています。
技術は悪くない、決まっていないだけ
AIそのものは、人を楽にも苦しくもしません。楽になるか苦しくなるかを決めているのは、浮いた時間を誰が受け取るのかという、その一点だけだと思います。そしてそれは技術の問題ではなく、ルールと話し合いの問題です。
「人を楽にするための技術が、結果的に人を苦しめている」——この矛盾は、技術の失敗ではありません。技術だけが先に走って、浮いた時間の行き先が決まっていない。それだけのことだと思います。
その行き先がどう決まっていくのかは、まだ分かりません。ただ、決まるまでのあいだ、自分の時間を黙って差し出し続ける必要はない。それだけは、いま現場にいる一人として書いておきたいと思いました。